キングダムの感想、ネタバレ予想を楽しんで連載を待つブログ。

キングダムネタバレ予想考察オフィス

キングダムネタバレ最新予想

キングダムネタバレ最新665話予想 祭の顛末、蚩尤の歴史の終わり

投稿日:12月 20, 2020 更新日:

(  羌瘣 作画引用:原泰久先生 作 キングダム第664話 )



来週は今年最後のキングダム。

原先生に登場キャラクターの皆もお疲れ様でした。

さてさて次週のキングダムも一体どうなるのやら?

キングダム664話では飛信隊が登場した羌礼のお陰で戦線上の連敗にようやくストップがかかりましたが、現状の問題として作中での情緒不安定な羌礼にこれから先も戦場の主導権を握らせておくわけにもいきません。

羌瘣は別に羌礼の保護者ではありませんが、実際のところ彼女は羌礼を実質的どのようにみているのでしょう?

竜有や崇原にとって羌礼が持てあます存在ってのは分かったよ。

なので実力的にも龐煖とも幽蓮とも渡り合い、求道者だの蚩尤と言った存在の酸いも甘いも理解しきった羌瘣からの働きかけが無い事には、多分にココから物語が動くことはなさそうだと思う。

どうも羌瘣が話の中心になってくると、困ったときの羌瘣頼みみたいにな話がおおくなってきている気がするが、なんぼ羌礼が強いっつっても所詮はサブキャラ。

飛信隊の補強に作用しないなら、マジで恒騎軍に行ったほうがお互いの為だろう。

いつまでも話を飛信隊の停滞局面で留めておくわけにもいくまい。

下手すりゃこのままいくと来年の今頃になっても、多分、韓も全く健在で、李牧も復帰すらしていないとか普通に起こりそうです。

ではでは、今回も来週のキングダム予想を進めてまいります。

キングダムネタバレ‐羌礼はホンモノの蚩尤なのか?

やっぱ、今の核心はここですかね。

“祭”が実施されたとしてもキングダム読者からみたら、もう一段論点が深いトコロにあって、幽蓮が暴露したみたく、正真正銘の蚩尤として成立すべく、祭で生き残った羌礼はその過程として、自分自身の手で羌識を殺めたのかどうかが重要論点になります。

ぶっちゃけ、羌瘣以降の世代の蚩尤族っつっても、羌礼と羌識しか読者は知らないので、祭が実施されていたところで、例えば識が脱走して参加しなかったとか、食中毒で棄権していたとかで、死んだのは二人以外の蚩尤族だけだったとしたら、別に何のショックでもないワケです。

ただ…、羌礼が664話の最後で、自分と羌識の2人をまとめてモノローグで『私たちこそが人の闇の頂に立つ蚩尤だ!』として、一体にして宣言していることからも、このセリフを額面通り受け止めたら、羌識が今では無事に生きてはいまいという覚悟を抱かずにはいられない読者も多いでしょう。

でなんで、第664話までの流れを厳粛に受け止めたら、今は羌識が亡き存在となっていて、それが羌礼の手に依るものなのか?

それとも祭の途中で羌礼と相まみえる前に果てたのか? あるいは、祭が開始されるまでに身を引く意味で自殺を遂げたのか?のいずれかにコトの真相が収まっていくようにしか想像できない。

幽蓮を討ち果たした後、羌瘣が羌族の村に戻った感じでもなさそうなので、この点を考慮すると、羌礼にしたって祭を経て真の蚩尤になるには、勝ち残る条件に加えて、自らの手で羌識を仕留める結果を経なければならぬ条件があるコトを知っていたワケではないと思う。

でなんで、もしもまだ羌礼が幽蓮と同じ道をたどっていなければ、祭を経ていたとしても、羌瘣が真実を語ることで、なんとか完全な闇落ちから羌礼は救われる余地が残っているかもしれない。

で、結論から言うと、私個人の予想を述べれば…、

羌礼はおそらく羌識を手にかけた本物の蚩尤にはなっていないと予想します!

理由は二点で、一つは羌礼が幽蓮と同じように、舞と唄を使わずに巫舞の深度到達を果たすというパフォーマンスまでは見せていない事と、もう一つは、羌礼がいまだに羌識を忘れずにいる事です。

この二つの理由をもう少し深堀して考えてみましょう。

ネタバレ予想① トーン タンタン言ってる。

神(作者)が過去設定を忘れていなければいいのですがどうなんでしょう?

羌礼が完全な蚩尤になっているのであれば、おそらく彼女も幽蓮みたく、トーンタンタンの舞と唄など無くても、巫舞の呼吸の深度達成など造作も無くできるハズです。

しかし、この点羌礼は、本作登場時点から初期の羌瘣と同じように、あの印象的な羌族のトーン タンタンの歌と舞をセットにして、その剣技を披露する戦いぶりを見せています。

さらに、幽蓮の解説でも分かるとおり、本来的に巫舞の力を極める方向性として、精神を内向させるための助走として、巫舞の歌と舞があったことが説明されており、

その完成形として強制的に精神を外のしがらみというか、現世との繋がりを強制的に遮断するために作られたものが“祭”であったと解説されています。

事実、第361話で幽蓮自らが祭を振り返り、妹を手にかけた経験から『怪物に変貌するには十分であろうが。』などと語っています。

また、この点を確率論的に考えたとしても、幽蓮本人が回想していたように、毎回同族の候補者が果たし合うまで生き残り“本物の蚩尤”が誕生することになること自体が単純に可能性としては低いハズだと思います。

それでも、例えばの話として、実際は羌礼は羌識を殺害して祭を潜り抜けているわけだが、まだ蚩尤になって日が浅いから、幽蓮ほど狂暴化するには時間がかかるなどと言った反対意見も考えられるのですが、

その面からも考察を進めていくと、だったら何故、羌礼はワザワザ幽蓮の云う、“現世のしがらみ”や“外への意識の繋がり”満載の羌瘣の元、飛信隊にやってきたのでしょう?

後述するように、実際のところ、羌礼自身が現世や人との繋がりにホントは渇望しているという心の働きなのではないかと思えて仕方がありません。

まあ、もちろん個人的な希望的観測の側面の要素のほうが強いのは否めないのですが…。💦

ネタバレ予想② 羌識は今でも大切

この点も前項と同じように、意味合い的には幽蓮や龐煖だったらこんな風にはならぬハズ。といった論点になってきます。

何度もキングダム本編で触れられてきましたが、龐煖にしても幽蓮にしても、巫舞といい武神といい、彼らの呼吸の力は意識を内面に集中して人の秘められた力を引き出して戦う闘方でした。

総じて、人間らしい感情や心の変化を切り捨てて強さの純度を高めるといった方向性をもつので、いずれにしても信や羌瘣の強さのソレとは真逆のキャラ設定として対偶を保っていました。

しかしこの点、羌礼の登場した以降の一連の行動を見ている限り、どれもこれもがソレなりに人間臭さに溢れている行動しかとっていないようにしか見えません。

少なくとも龐煖や幽蓮と比べたらの話ですが。

それこそ龐煖なんて人間らしい生活感まったく皆無でしたからね。

王騎に折られた矛だって、どうやって新調したのか未だに分からないですよね?(笑)

あの男が町に降りていって武器屋に入り、『すいません、あの? ちょっと大きめの矛なんですけど、コレ修復可能ですか? 直すの無理だったら新しいのを作って欲しいんですけど? あっ、いやいや! 普通の矛じゃダメなんです。自分、自慢するとかじゃないんですけどホント最強なんで矛を選ぶにしてもスゴイ困ってるんですよ。あーもう絶対に自慢してるとか思ってるでしょう? あーもー、また面倒くせェ~、はいはいちゃんと説明しますよ。すいません自分、実は武神なんですよ。俺って強すぎてまた誤解されちゃったよ~。あーマジ面倒くせェ武神って。ホント俺って強すぎて最強ってだけなのに、あーもーマジで誤解受けるし…、あーもー……以下…、』

…とか冗談でテキトー書きましたけど、マジで自分のコト蚩尤とか武神とか言っている奴がそのまんまで人前に降臨したら、多分これくらい齟齬が出そうな気がするんですよ。

この点、羌礼に話を戻すと尾平に竜有は多少なりともビビッてますが、全然羌礼は普通の部類に見えてきます。

それに上記の通り、祭と巫舞の制度趣旨から考えてみれば、664話の最後のモノローグで羌識と自分を一体して表現しているのは、明らかに本来の修行の方向性と真逆の心理描写だと考えられます。

巫舞の技を使っているので禍々しく描かれていますが、たとえば羌礼を信と置き換えてみると、これって信が漂のコトを思い浮かべて『俺たちは天下の大将軍になるんだ!』って言ってんのと殆ど変わんないですよね!?

…いや?違うか?(笑)

でなんで私の予想としては、実際のところ羌識が祭に関わって死んでしまっているコトは覚悟しなくてはならないものの、多分に羌礼は羌識を手にかけたワケではなく、

祭の真意も把握しておらず、かつての仇討以前の羌瘣が心の中で羌象を思っていたのと同じように、いまだ羌礼の中でも羌識がキレイな姉妹のままで存在し続けているのではないでしょうか?

キングダムネタバレ‐羌礼が長生きして祭が途絶える。

前項の予想考察を纏める前提として、現状、羌礼は祭の実施によって名目上の蚩尤ではるんだけども、幽蓮のような完璧な蚩尤ではなくて、まだ完全な闇落ちは回避できるという状況を想定しました。

また、キングダム本編でも羌瘣が幽蓮を仕留めて後に『祭はもう行なわれないほうがいい。』と望んでいたのは読者の記憶にも鮮明だと思います。

さらに言うと、信や羌瘣の戦歴のなかで蚩尤でも武神でも結局は至強に決して到達できぬ限界が明確になった現時点で、おなじような悲劇エピソードを繰り替えす作品上の価値もあまり高くは無い事も考えられます。

なので、次回のキングダムでは現状、崇原、干斗目線では制御不能に陥った羌礼ですが、なんやかんやで羌瘣が羌礼を制御可能な戦士にまで引き戻して、かつ飛信隊に順応するほどアップデートさせるくらいの揺り戻しがあるんじゃないかと考えます。

それに意識的にパッパと先に進んでもらわねーと、羌礼の世話だけで気が付いたら2021年も既に3月とか4月になっとるとかキングダムならありそうじゃないですか。

ついでに言うと竜有も敵に気を遣いすぎ。(笑)

タダでさえ今まで負けまくっていたんだろう?

冷静に考えてみりゃ戦場にいるんだから「敵はぶっ殺す!」くらいの気概で普通かもしれません。

むしろ羌礼みたいに確実に狩れる敵はキチンと仕留めるくらいのほうが当然の姿勢だと思う。

飛信隊が弱くなったのは松左不在でも羌瘣不調でもなんでもない。

崇原も竜有も一見作戦なんか考えている体なだけで、飛信隊がデカくなった分、中堅層が悪い意味で丸くなってしまったからではないだろうか?

別に政にしたって信にしたって秦軍を正義の軍団などと謳って戦っているワケでもないので。

さらに、物語の延長として予想を続けると、結果的に羌礼が飛信隊所属の戦士として活躍し、秦による全土統一まで生きながらえたとしましょう。

蚩尤族の掟では、現蚩尤が死んだと断定できるなどの連絡の途絶が無ければ、祭が実施されないキマリになっているようなので、羌礼が生きていて飛信隊での活躍がソレなりに伝わり続ける限り祭は実施されないでしょう。

その間、羌族をはじめとする蚩尤族を取り囲む外的環境が、秦の全土統一が進むとともに変化していき、IT革命ほどではないですが、徐々に蚩尤族全体に外部世界の情報が浸透するようになるかもしれません。

結果的に、巫舞の村社会などよりも法の統治が浸透。

徐々に、蚩尤族の中から、長らく祭も実施されないなかで『こんな風習なんの意味があんの?もっと楽な生き方あるじゃん。』などと外部感化された側の人間が、羌瘣個人という個人レベルでもなく、一定層のレベルで出現して蚩尤族といっても勝手に消えてなくなるのではないでしょうか?

いや、いっそ羌瘣が早く偉くなって、蚩尤族の村をクソしょうもない土着文化と断定して、一気に焼き払うでもしたほうが早いとも思うんだけど。

― キングダムネタバレ最新665話 以上 ―

次回もこの先の展開について、キングダムネタバレ予想をすすめていきたいと思います。

皆さんの予想やコメントもいただけると嬉しいです。どうぞお気軽に。

-キングダムネタバレ最新予想

Copyright© キングダムネタバレ予想考察オフィス , 2021 All Rights Reserved Powered by AFFINGER5.